『タンギー爺さん』の肖像画を解説・背景の『浮世絵』 に隠されたゴッホの本音とタンギーの人物像に迫る!

Art・美術の世界

ゴッホ作『タンギー爺さん』(タンギーじいさん)解説

豊かな表現力と鮮やかな色彩で人々を魅了し続ける画家、天才画家フィンセント・ファン・ゴッホ。しかし生前の彼は心を閉ざし友人も少なかったことは知られています。

そんな、ゴッホの心を開いた人物が弟テオ以外にいました。そしてゴッホの死と寂しい葬儀の場にも立ち会った人物

その人物が肖像画として描かれた「タンギー」でした。

<ゴッホ タンギー 肖像画>

『タンギー爺さん』は1887年にオランダの画家、フィンセント・ファン・ゴッホによって描かれた油彩の絵画です。

ゴッホは『タンギー爺さん』の肖像を何枚も書いています。
しかし、よく見ると不思議なことが、、、タンギーの背景に描かれているのは日本の雪景色や花魁などの浮世絵ではありませんか。

この背景に書かれた浮世絵は何を意味するのでしょうか?
日本人であれば気になるところです。

浮世絵に隠された炎の画家ゴッホの本音とは何なのか?

そして浮世絵の謎を調べるうちに謎の人物タンギーとゴッホの共通点も見えてきました。
「タンギー爺さんの肖像の魅力」「タンギー 爺さん」価値に迫るレポート

  • ゴッホ『タンギー爺さん』背景に書かれた『浮世絵』なぜ
    ゴッホの『タンギー爺さん』の背景に書かれている浮世絵の謎を解説
  • ゴッホが受けた「浮世絵」影響とは
  • タンギーとは何者なのか?
  • 天才画家ゴッホとタンギーの共通点とは

天才画家フィンセント・ファン・ゴッホその内面の世界を知りたいと思い調べているうちに様々なことがわかって来ました。
宜しかったら読んでいただければ嬉しいです。

ゴッホ作『タンギー爺さん』の肖像(画像)

ゴッホ作 タンギー爺さんと浮世絵

ゴッホ作 タンギー爺さんと浮世絵

ゴッホ作 タンギー爺さんと(タンギー爺さんの肖像)Wikiはこちら

<タンギー 爺さん の 肖像 特徴>

概要背景の浮世絵モデルとして描かれているタンギー

なぜ、背景に浮世絵が書かれているのか?

「タンギー 爺さん の 肖像」は小学校などでも鑑賞 文が書かれていています。それほどインパクトのある昨日ということですね。

<タンギー 爺さん の 肖像 感想>

フィンセント・ファン・ゴッホ作の『タンギー爺さん』『ひまわり』や『自画像』とならんで有名な絵です。

しかし、考えてみると『自画像』以外にゴッホが人物を描いた絵で有名なのはこの『タンギー爺さん』くらいしかみあたりません。

『タンギー爺さん』はゴッホのパリ時代の作品でです。後に有名な画家ロダン自身が買い求めた作品なのだそうです。

タンギー 爺さん 価値ですが、ゴッホの代表作のひとつだけに相当な価値があるものだとおもわれます。

しかし、現在数百億円の価値がついたゴッホの作品も当時は、それほど値段は高くはありませんでした。『タンギー爺さん』の肖像を前にロダンの目に何が映ったのでしょうか。

タンギー爺さんの肖像は現在もロダン美術館にあります。

タンギー ゴッホ

タンギー 爺さん の 肖像画
タンギー 爺さん 浮世絵 背景
タンギー 爺さん 背景
タンギー 爺さん 解説
タンギー 画家

『タンギー爺さん』の肖像 フランス語: Le Pere Tanguy

  • 作者 フィンセント・ファン・ゴッホ
  • 製作年 1887年夏(F363)
  • 種類 油彩、キャンバス
  • 寸法 92 cm × 75 cm (36 in × 30 in)
  • 所蔵 ロダン美術館、パリ

画材屋ジュリアン・フランソア・タンギー

<ジュリアン タンギー>

タンギー爺さんの肖像画はモデルとなったのはパリの画材屋さんのジュリアン・フランソア・タンギー

『タンギー爺さん』と呼ばれるゴッホの数少ない友人のひとりで、
タンギーの62歳の時の肖像画だそうです。

画材屋を営んでいたタンギーは、貧しい画家たちを画材の供給や生活の面でも支援していました。

ゴッホもそのたひとりでした。

タンギー爺さんとゴッホ

当時、ゴッホは弟テオの世話になり、絵を描いていましたが、

タンギーは何かと「やっかいも」の扱いのゴッホの面倒を見てくれていたそうです。

「やっかいも」扱いの自分に優しいにタンギーにゴッホは心を開き何枚もの絵を残したのです。

ゴッホが、高齢まで生きることができたら
自分はタンギーじいさんのようになるだろうといっていたそうです。

そしてゴッホは、自分が影響を受けた日本の浮世絵を背景にして
タンギー爺さんの肖像を描きました。

ゴッホは優しいタンギーの肖像に自分の晩年の姿をダブらせて描いたのかもしれません。人に対して優しく接すること、それは聖職者を目指すも癇癪持ちで、やっかいもの扱いされていたゴッホの憧れだったのでしょう。

「タンギー爺さん」肖像の背景「浮世絵」とゴッホの影響を解説

・タンギー爺さんと背景の浮世絵

タンギー爺さんの肖像に書かれた浮世絵は「富士」「桜」「パリイリュシュレの表紙」「花魁」「東京名所」「芸者」

<タンギー 爺さん の 肖像 浮世絵>

ガチ裏,ゴッホ.タンギー爺さんの肖像(ゴッホ タンギー爺さん画像)

このように肖像画の背景のいたるところに、まぎれもなく日本の浮世絵が書かれているのです。その数は6枚。偶然に書かれたとは思えませんね。なぜゴッホは肖像画の背景にこのような6枚もの浮世絵を書いたのでしょうか。

ゴッホの「タンギー爺さん」の肖像画の背景の謎を解説

<タンギー 爺さん の 肖像 解説>

ところで、絵の中に描かれている絵のことをガチウラと呼ぶそうです。

そして、そのガチ裏の中にこそ画家の本音が見えるといいます。

ゴッホはタンギーじーさんの絵を3枚書いていますが
その2枚の背景に浮世絵があります。

そしてゴッホのガチウラとしてタンギー爺さんの肖像の後ろに描かれた浮世絵は6枚も書かれています。

ゴッホは、タンギー爺さんの絵具店でセザンヌの絵に影響を受け、さらに、サミュエル・ビングの店で浮世絵を目にしたのです。(下はゴッホ作のタンギー爺さん2枚目)

ゴッホ タンギー爺さん2枚目

ゴッホのタンギー爺さんの肖像はほぼ同構図の絵が2点存在しています。それがこちら

<ゴッホ タンギー 爺さん 2 枚>

もう1枚のタンギー爺さんの肖像 ここにも浮世絵が

もう1枚のタンギー爺さんの肖像(ゴッホ タンギー爺さん画像 タンギー爺さん2枚目)

タンギー 爺さん 浮世絵 背景

<ゴッホ タンギー 爺さん 解説>

もう1枚のタンギー爺さんの肖像 ここにも浮世絵が!

当時、極東の見知らぬ国、日本の絵に魅了されたゴッホは、浮世絵を
400枚も集めていました。

また、絵の構図など浮世絵をトレースしていたそうです。

北斎の神奈川沖浪裏などの構図がそれです。

タンギー爺さんの背景に描かれている浮世絵は何?

安藤広重 石薬師
葛飾北斎 富嶽百景
日本の女性の花魁の浮世絵
夏の風物詩「あさがお」など6枚の浮世絵があります。

タンギーの肖像画の背景に日本人女性と四季の移ろいを凝縮して描いています。

タンギー爺さんの背景の6つの浮世絵は何?

  • 歌川広重 「富士三十六景 さがみ川」
  • 歌川広重 「五十三次名所図会 四十五 石薬師 義経さくら範頼の祠」
  • 歌川国貞(三代目歌川豊国) 「三世岩井粂三郎の三浦屋高尾」
  • 渓斎英泉 「雲龍打掛の花魁」
  • 作者不詳「東京名所 いり屋」
  • 残りの一点は特定されていないがゴッホが雪を描き加えた等、諸説あり

「タンギー爺さん」背景の浮世絵に隠されたゴッホの本音とは

6つの浮世絵に込めたゴッホのメッセージ

タンギー 爺さんの肖像に日本画 版画 浮世絵 作品が描かれているのは何故なのでしょう。

ゴッホが描いたタンギー爺さんと日本の文化との関わりは何なのでしょう。

ゴッホは、美しい国、人の心、移ろいゆく四季など、それを教えてくれた浮世絵に感謝と尊敬を込めてこの6枚の浮世絵をタンギーのバックに描いたそうです。

ゴッホ「星月夜」解説 浮世絵『北斎の神奈川沖浪裏』との類似点三遠法と線遠近法!

タンギー爺さんとは何者?

ゴッホに自分の肖像画を描かせた、タンギーは単なる画材屋だったのでしょうか?

実はこの絵をゴッホが描いた時にタンギーは
獄中にいたそうなんです。

ますます怪しくなってきましたね。

逮捕歴のある、タンギーの意外な正体とは

タンギーは、政治活動で危険人物とされ自治政府パリコミューンに所属
政府に鎮圧され投獄されていました。

しかし、そんな中でもタンギーは恵まれない画家たちに優しく接していました。

聖職者を目指していたことのあるゴッホは
弱者に寄り添うタンギーに己の理想をダブらせていたようです。

自分たち画家を優しく見守る『タンギー』と自分の芸術に影響を与えてくれた『浮世絵』
それを描いたゴッホ

当時の彼の心の闇が解かれたのは『タンギー』と『浮世絵』でした。

タンギーは、失望のどん底の孤独な画家が、パリで出会った希望だったんですね。

ゴッホの死とタンギー

しかし、その後、希望をもとに南仏に旅立った、ゴッホはピストル自殺を図ります。

南仏での出来事は、ゴッホに生きる望みさえ奪いとったのでした。

パリでそのことを知ったタンギーは悲壮にくれました。タンギーは誰一人として味方のいないゴッホの才能を見抜いていた数少ない人物だったのかも知れません。

<ゴッホ タンギー 親父>

友人の少ない寂しいゴッホの葬儀の場にもタンギーはいました。

タンギーはゴッホを最後まで見送った一人でした。

炎の画家ゴッホが描いた
モンマルトルの守護神それがタンギー爺さんの肖像画だったんです。

ゴッホの死後もタンギーは自分の画材屋に浮世絵を飾りました。

現在、タンギーの営んでいた画材屋さんは
浮世絵のギャラリーとなっているそうです。

まさにゴッホが描いたタンギーの肖像画の背景の世界が再現されたかのようです。

さくら 富士山 雪景色 花魁 アサガオ日本の浮世絵や風景が当時のゴッホを慈しむよに今も「タンギーの肖像」の中に生きているのです。

まとめ

ゴッホといえば「ひまわり」の絵画が100億円の価値がついたことで有名です。

フィンセント・ファン・ゴッホは、1853年オランダで牧師の長男として生まれ、父と同じ聖職の道を志すも挫折。

死後高い評価を受けたゴッホですが、その生涯はわずか37歳という短い人生でした。

彼は、日本の「葛飾北斎の富嶽百景」や歌川広重 浮世絵などをに魅了され画家としての道を極めようとしました。ゴッホの浮世絵の収集はなんと400点にものぼるといいます。

彼の人生で画家として生きることが出来たのは、わずか10年にすぎません。その貴重な10年の32歳からの2年間をモンマルトルで過ごしました。

そのときに出会ったのが「タンギー」、ゴッホは自分の運命を知っていたのでしょうか。自分の老後をタンギーにダブらせ、浮世絵と一緒に書いた「タンギー爺さん」の肖像

彼が後に成功して人生をまっとうすれば、「タンギー爺さんの肖像」これこそゴッホの晩年の姿だったのではないでしょうか。

参考)架空の邦くに──フィンセント=ファン・ゴッホ作《タンギー爺さん》における「日本」

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